人気ブログランキング |

美術雑記帳

gallyogata.exblog.jp
ブログトップ

アラゴンの詩

教えるとは共に未来を語ること
学ぶとは誠実をこころに刻むこと

# by 1835-g-onv | 2020-04-07 17:57

不条理

人間は不完全な生き物である。
社会も同様に不完全である。
人間は感情で動き、人間が作った社会なので完璧はありえない。
不条理、理不尽とはごく人間社会では自然なことである。
また、完璧な作品もありえない。
なので、作品制作は持続できる。

# by 1835-g-onv | 2020-02-26 17:37

ジャコメッティ2

ジャコメッティの人物デッサンは1ヶ月以上かけてデッサンをする。
思うに何故に描いては消し描いてはまた消し繰り返して相手のモデルは
毎日、同じ角度、同じポーズいい加減に嫌になる。
ジャコメッテは何回も繰り返すことで身体に記憶して肉体化をしていたのではないか
肉体化することで一層作品はリアリティーが表現できる。
同じ角度で何回も同じように繰り返すとは大変な作業である。
そこまで、やらないと本当のリアリティーは表現できない。

# by 1835-g-onv | 2020-02-26 17:22

洞窟壁画

ラスコーなど洞窟壁画は、ヒトが作品を制作した形態だが、その多くは光が届かないほど奥の場所に描かれており、
火を灯して岩盤を間地かに見ながら描かれたと思われる。そのとき、描くということと、岩の硬さを手で感じることと
岩盤に取り巻かれているという身体感覚とは、ほとんど一体となっていたであろう。
洞窟壁画について李偊煥、前田常作、中原祐介との鼎談した中で次のような指摘をしている

今の自分たちの周りを含めて、絵を描くという行為を考えると、現代は身体がずり落ちてしまっている。
絵は概念の確認や認識事項になり、絵の意味いが大分変質してきている。現代絵画といわれるものは結局、
手を切り捨て、身体的な目を伏せる状態で場の問題ではなくなってしまったけれども。
絵をある場所の形成に必要な部分として、見直すということが起これば、絵は再び可能性をを持っている。

絵画を視覚に特化したものと考えるのでなく、空間の問題としてとらえる可能性
メルロ・ポンティの視覚論「世界はわたしのまわりにあるのであって、わたしの前にあるのではない」といった認識。

# by 1835-g-onv | 2020-02-04 15:04

アートと金

冨や名声とともに魔物もやってくる。ある魔物は外から、あるものは内から。
アーティストなら誰もが身に覚えがある。だが全てのアーティストに共通する魔物は金だろう。
金がないのは地獄だが、皮肉なことに金があっても地獄になるうる。
金はアーティストの弱みを見定めている。金を追いかければアーティストは道を失い、無視すれば
全てを失いかねない。

ナサニエル・カーンより

# by 1835-g-onv | 2019-11-08 10:36